2012 谷根千 SAKURAアーカイブ (エリア2)

【エリア2 桜木/谷中近辺】

上野方面から谷中に突入する際の玄関口となるのが桜木交差点だ。このあたりは、クラシカルな商店建造物が残る露店博物館ともいえるエリアである。資料館として使われている「旧吉田屋酒店」、和菓子屋の「岡埜榮泉」、珍スイーツの「愛玉子」などは、下町でありながらも、谷中らしい上品な佇まいを見せる。

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 7-1.旧吉田屋酒店
 
 昭和61年まで谷中6丁目で営業していた「吉田屋酒店」
 の店舗を移築整備し、下町風俗資料館付設展示場とし
 て無料で一般開放している。

 谷中の観光ガイドなども置いてあるので、散策前に立
 ち寄るといいだろう。 



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 7-2.旧吉田屋酒店(館内)

 写真は館内展示物である当時の広告用の
 ポスターだ。サクラビールの文字が見える。
 大正期までの女性の描写は、どことなく
 歌麿などの浮世絵美人画を踏襲している
 趣があり興味深い。
 酒屋だが、残された看板などから、塩など
 も扱っていたことがわかる。



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8.岡埜栄泉

谷中の「岡埜栄泉」は、上野駅前の菓子匠
として良く知られる「岡埜栄泉総本舗」の
暖簾分けで、明治33年よりこの地で営業
を続けている。

看板と暖簾の文字が逆方向であるが、掲示
された時代が異なるのか、まさに世代を越え
た老舗の風格をここに見ることができる。

映画のセットでそのまま営業しているよう
な渋い店だ。



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 9.愛玉子(おーぎょーちー)
 
 これは珍しい台湾デザートの専門店だ。
 寒天みたいなものにシロップをかけて
 食べるそうなのだが、シロップの種類が
 いくつかあり、味にはいくつかバリエー
 ション
があるらしい。
 家屋には、よく言う昭和感が漂っている。
 

写真 12-04-07 12 43 21_R 愛玉子を超えた次の交差点を左に折れると、いよいよ
 小京都の風情が漂う谷中寺町ゾーンへと突入する。
 この季節まず目を引くのは、当ページ冒頭に掲載した
 10.自性院の垂れ桜である。小ぶりではあるが、写真の
 ように圧巻であり、地味な印象の寺町に華やかさを
 添えている。


 11.大泉寺山門

 天台宗の大泉寺は、慶長16年(1611)創建だから、
 寛永寺よりも古いお寺ということになる。

 上野戦争で焼けた山門(写真)は、平成3年になっ
 てやっと再建されたというが、違和感なくここ谷中
 の風景に溶け込んでいる。
 

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 12.蓮華寺山門 

 蓮華寺は、寛永7年(1630)創建の日蓮宗の寺院
 である。特徴的な朱色の山門は創建当時のものだ。
 
 山門の奥に見える本堂は、江戸後期のもので、赤門
 とは対照的に地味であるが、鄙びたいいムードを
 醸し出している。
 

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 13.延壽寺 
 
 延壽寺は、明暦2年(1652)創建のこれまた日蓮宗
 の寺院だ。健脚の化身といわれる日荷上人に捧げら
 れた履物絵馬が珍しく、そして楽しい。

 日荷上人は、金沢文庫の称名寺から身延山まで、
 仁王を担いで搬送した伝説から健脚の化身と言われて
 いて、今なお、多くのアスリートがリスペクトして
 やまないという。
 

14.みかどパン店

この辺りは江戸時代の区画がそのまま残っているので、江戸時代の切絵図で充分散策ができる。そんな谷中に三丁目の夕日に出てくるようなクラシカルな商店家屋がある。昭和初期の木造家屋だが、筆者に言わせればこういうのこそ文化財登録して文部科学省が責任持って保護すべきだろう。いつかコンビニにでもなってしまうのだろうか?とても心配である。

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 15.三浦坂

 この写真でいうと、この坂の右側の一帯に
 岡山勝山藩の藩主三浦家の下屋敷があった。
 それに因んで、この坂を三浦坂という。

 寺や大名屋敷は、例外なく水はけのいい丘
 の上にあるので、寺町には大抵、門前町へ
 と通じる下り坂がある。
 ここは江戸時代の雰囲気を今に残す、
 暗く狭いパーフェクトな坂道だ。

 これを下ると、根津権現の門前町に至る。
 


(撮影場所)
図2a

図2b
■ 上記地図は江戸明治東京重ね地図より作成
■ 写真はいずれも2012年4月7日 筆者撮影 【撮影機材 Canon S/100


エリア3【根津権現近辺】につづく(作成中)

2012 谷根千 SAKURAアーカイブ (エリア1)

桜満開の4月7日(土)に江戸小京都の谷中・根津エリアを散策してきました。広重 Hiroshige「江戸名所百景」の番外編として掲載しますのでご覧ください。スタートは、鶯谷駅南口で、寛永寺から桜木、谷中、根津をめぐるショートコースです。花見の季節以外にも谷根千散策の参考になるかと思いますので、ご高覧いただければ幸いです。

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【エリア1 東叡山寛永寺近辺】

徳川氏の菩提寺である上野の寛永寺は、徳川氏が幕府を開いたあとに新規に造営したという点で芝増上寺とは異なる。上野の丘を京都の比叡山にならって東叡山とし、現在の上野公園を含む丘のほとんどを寺の施設で埋め尽くすなど、まさに徳川氏の権威の象徴そのものであった。現在の国立博物館と噴水一帯が大伽藍の中心であったが、惜しくも慶応4年(1868)の上野戦争でその建造物のほとんどを焼失させてしまう。現在はかつての末寺の大慈院跡の地に本堂を構え、ひっそりと徳川氏霊廟を守り続けている。

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 1.寛永寺根本中堂

 根本中堂と言えば、比叡山延暦寺の代名詞である。
 寛永寺は、東国の延暦寺の意で東叡山を冠して
 いたから、上野の山にも根本中堂は必須である。

 オリジナルの根本中堂は上野戦争で焼失してしまったが、
 明治12年(1879)に春日局ゆかりの喜多院本地堂が
 川越からここに移築され、根本中堂が復活した。
 巨費を投じた移築は、寛永寺の起死回生の意地であった
 ということだろう。

 喜多院本地堂は、寛永15年(1638)の建造というから、
 徳川全盛時代のオリジナルの遺産である。
 それをここで見られるという点で、上野の根本中堂は、
 史跡としての価値が高い。



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2.檀家講堂

寛永寺のいたるところで見ることの
できる三葉葵の紋所は、筆者のような
佐幕派には眩しく、そして感慨深い。 



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 3.徳川家綱霊廟勅額門

 寛永寺の霊廟には、歴代15人の将軍のうち、
 四代家綱、五代綱吉、八代吉宗、十代家治、
 十一代家斉、十三代家定の六将軍の霊が
 埋葬されている。

 かつてそれぞれの霊廟には、勅額門と称する
 立派なエントランスが存在していたが、戦災などで
 焼失し、現在残るのは、家綱と綱吉の2つの勅額門
 のみである。(いずれも肝心な勅額は喪失)

 霊廟そのものは非公開であるのだが、勅額門
 だけでも真近に見られるのはうれしい。


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 4.国際こども図書館

 これは、もともと明治39年(1906)に帝国図書館として
 建てられた上野を代表する歴史的建造物のひとつである。
 昭和4年(1929)に増築され、最近(平成12年)になって
 現在の安全基準にあわせて全面改装された。
 
 外装をできるだけ尊重しながら、シャシーに根本的な
 改造を加える様は、今やっている辰野金吾の東京駅の
 保存施策と同じ指向だ。巨費をかけて文化財を保護し、
 維持してゆく姿勢は心から支持したい。



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 5.東京藝術大学赤レンガ2号館
 
 煉瓦つくりの校舎を背景に桜を一枚撮ってみた。
 桜とクラシカルな西洋建築との対比は、明治時代に
 描かれた錦絵のように美しい。

 この建物は、明治10年(1877)に教育博物館書籍
 閲覧所書庫館として建設されたものだ。
 現在は芸大音楽学部の校舎として使われているが、
 老朽化のため、解体が計画されているという。
 これも、是が非でも保存すべき遺産であろう。



【写真撮影地】
図1a

図1b
■ 上記地図は江戸明治東京重ね地図より作成
■ 写真はいずれも2012年4月7日 筆者撮影 【撮影機材 Canon S/100

エリア2 【桜木/谷中近辺】に続く。続きはここをクリック。

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