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第118景 王子装束ゑの木大晦日の狐火

第118景 王子装束ゑの木大晦日の狐火 安政4年(1857)9月 改印
おうじしょうぞくえのき おおみそかのきつねび

第118景王子装束ゑの木大晦日の狐火

江戸名所百景は、広重の死後、2代目による119景を除く全作品が季節ごとに分類され、目録付で出版された。その際、栄えある第1景となったのが、正月の風景を描く日本橋雪晴であり、とりを勤めるのが、この大晦日の風景を描く第118景である。広重は、大晦日のエピソードとして、シリーズ中最も幻想的な情景を選んだ。

王子装束ゑの木(榎)大晦日の狐火は、王子稲荷の別当寺金輪寺などに残る狐火伝承をモチーフとしている。それは、毎年大晦日の晩には、東国三十三ヶ国の稲荷神社の総元締めであるこの王子稲荷神社に、諸国よりキツネが「狐火」を灯して集まってくるというのものだ。その際、まずは、王子稲荷に程近いこの榎(松の木とも)の下で身なりを整え、そろって参拝に向うという。 狐火というのは、科学的には解明されていないようだが、人魂のようなものらしいので、幻想的というかなんとも気味が悪い。キツネの大群。しかも冬だ。 地元の人は、この狐火の量で翌年の吉凶を占ったらしい。

さて、この題材であるが、描かれたのは、広重のこの作品だけではない。代表的なものに、寛永年間の若一王子縁起絵巻の絵(狩野尚信)と、もうひとつは、天保年間に刊行された江戸名所図会の挿絵(長谷川雪旦)がある。この3者は、同じ題材を扱っていることもあるが、木の形状やキツネの様子などどれも酷似している。


(江戸名所図会より装束畠衣装榎)
雪旦衣裳榎


しかし、広重の絵には謎がある。それは、キツネが装束に着替えてから参拝することになる王子稲荷神社の位置だ。多くの解説では、中心右側の丘に王子稲荷があると断言しているのだが、もう少し考察しても良さそうだ。というのも、絵を良く見ると、キツネの群れが、こっちに向って来るのがわかる。ここで着替えて、稲荷社に向うはずなのに、これでは逆である。実は、尚信の絵、雪旦の絵双方に、広重の絵には見えない位置、具体的には左側に稲荷社が明確に描かれている。もしかすると、本当は左に社を描きたかったのだが、竪絵であるがゆえに割愛したのかもしれない。 そうだとすると、右側の丘はなんであろう? 尚信の絵にも右端遠景に山があるのだが、広重の絵と距離感が違いすぎる。ぐっと身近に考えると、位置的には三縁山西福寺のあたりとも思えるのだが、現在そこは平地である。やはり、通説に従い、右の丘が稲荷神社と見るべきで、キツネの群れはやはり参拝帰りなのか。雪旦の絵も同様だが、キツネの正装姿は人間には見えないというなら、それはそれで納得できるが。


江戸図【安政3年(1856)実測復刻江戸図より作成】
118王子装束a
通説に従い、図中の丘に王子稲荷社があると仮定して、視点を推理した。

現代図
118王子装束b

■ 王子装束ゑの木大晦日の狐火
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