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第56景 深川萬年橋

第56景 深川萬年橋 安政4年(1857)11月 改印
ふかがわ まんねんばし

第56景萬年橋

亀は万年。その名を冠する萬年橋で桶につるされた亀は、今、売りに出されている亀である。といっても、ペットとして売られているのではなく、放すために売られている。 これは、放生会(ほうじょうえ)という儀式をモチーフにした絵であるのだが、これは、万物の生命をいつくしみ、殺生を戒め、後生の安寧を願うために、生きた動物を自然に返す行事であり、古くから全国の八幡宮を中心に行われてきた。 放たれるのは、鳥や魚であることが多く、この行事のために、わざわざこうした小動物が売りに出されていたという。 描かれた亀は、深川八幡宮の放生会に供される亀であろう。 隅田川越しに富士山を望み、いま放たれんと鼻息も荒い。

さて、萬年橋は、小名木川が隅田川に接続する直前に架かる橋である。ここは、房総方面との重要な連絡口であったため、江戸初期には、ここに川舟番所(関所)が置かれ、その近くにあった柾木の大木は隅田川口のランドマークとなっていた。番所は、1661年に中川口に移転 (第70景 中川口参照)したが、大木のあった場所には稲荷社が造られ、今も正木稲荷として、ほぼ当時と同じ場所に鎮座している。 萬年橋といえば、葛飾北斎の富嶽三十六景のうちの「深川萬年橋下」でその全容が描かれているが亀戸天神の太鼓橋に似て、随分派手な太鼓振りである。 もし、これほど急なアーチであったのならば、なかなか不安定な場所で亀が売られていたことになる。 まさかこんな高い位置から亀を投げ込んだなんてことはないだろうが。

(葛飾北斎 富嶽三十六景より 深川萬年橋下)
北斎万年橋下

江戸図 【安政3年(1856)実測復刻江戸図より作成】
056万年橋a

新旧地図を比較すると、江戸期の萬年橋の位置は、現在よりも10メートルほど隅田川よりにあったことがわかる。

現代図
056万年橋b

関連する風景
第65景 亀戸天神境内
第70景 中川口
第97景 小奈木川五本まつ 
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