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第74景 大伝馬町ごふく店

第74景 大伝馬町ごふく店  -安政5年(1858)7月 改印
おおてんまちょう ごふくだな

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これは、通旅籠町(旧大伝馬町3丁目)にあった大丸呉服店付近を描いたものだ。 第7景と同じ通りの約500メートル東になる。 京都伏見に本拠を置く下村大丸呉服店は、1743年にここに出店してきた。 この絵が描かれたのが1858年頃なので、すでに115年程ここで経営していることになる。 江戸庶民なら誰でも知ってる老舗であったのだろう。 「げんきんかけ値なし 呉服太物類 下むら大丸屋」の看板は、明らかに三井越後屋を意識しているようだ。 絵に描かれている行列は、施主と大工棟梁による竣工祝いの一行らしい。 近隣でどこかの店舗が新装オープンしたのであろうか。 ここで、建築物について注目してみるが、広重は店舗そのものについて随分簡単に描いてしまっている。 明治初期の同じ建物の写真を見れば、実際には鬼瓦の印象的なかなり重厚な建築物であったことがわかる。 間口36間(65.45m)、奥行21間(38.18m)、800坪(2645m2)、従業員総勢350人。 江戸の豪商とは、時代劇でイメージする商人とは規模が違いそうだ。 

(明治初期の大丸呉服店)
大丸

(現在の同地点との比較 2009年11月筆者撮影)
大丸新旧


江戸図74【安政3年(1856)実測復刻江戸図より作成】
074大伝馬呉服店a

現代図74
074大伝馬呉服店b

大丸のあった現在の大伝馬町に航空写真で訪れる
昭和22年、昭和38年のこの地にも行かれます。

関連する風景
■ 第8景 する賀てふ
■ 第7景 大てんま町木綿店
■ 第13景 下谷広小路
■ 第44景 日本橋通一丁目略図
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この記事へのコメント

shirokuma : 2009/09/29 (火) 19:11:23

当時の大丸呉服店やその周りの町並みを見れる写真が残っているのですね。
明治初期の写真と見比べるとなんだか広重の絵も臨場感が沸いてきました。

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